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 ~・~
 
 
 
甲高い悲鳴。
それにハッとした足が駆け出した理由を山本が知るわけもない。
 
暗い森の中で響いた悲鳴は誰かの、助けを呼ぶ声に聞こえたのだ。
 
女子の声だった。
それだけは間違いない。
普段は、女子に話しかけるなんてこと考えもつかない山本ではあるが、それでもこんな状況の中で聞こえた悲鳴にはどうしても、なにがあっても駆けつけなければならない使命感に背を押されていた。
 
助けなければ。
 
この殺し合いのゲームの中、そんなバカげた思考で走り出す輩が一体何人いると言うのか。
 
だからこそ、咄嗟に鉢合わせしてしまった相手に思わず鉄パイプなんて凶暴な武器を振り下ろしてしまったのであるが。
 
山本のデイバックの中に入っていたのはなんの変哲もない、やや短めの鉄パイプだった。
他の連中がどんな武器を支給されたのかなんて知りもしないが、山本にはソレはとてつもない凶器に見えた。
 
鉄パイプ。
これでどうやって戦えというのか、リアルに想像すると恐ろしかった。
きっとコレで誰かの頭を殴って殺せという意味なのだと、考えるのも嫌だったがそれでも死への恐怖が山本にそのあまりにも素朴な武器を握りしめさせた。
 
山本が鉢合わせしたのは、青葉城西の2番。
松川という生徒だ。
 
殺し合いの真っ最中。
突如鉢合わせしてしまったデカい図体に、心臓がギュっと縮む思いがした。
条件反射のように振り下ろしてしまった鉄パイプは、山本のためらいが原因かはたまた松川の反射神経の賜物か、ただビュッと空を切るだけに留まる。
 
しかしその事が山本を精神的に追い詰めた。
 
“敵”相手に、一撃目を外したプレッシャーはまるで、バレーの試合中のとても大切な時にアタックをミスする時のよう。
 
鼻先を掠めて行った凶器に、相手の眼が瞬時にギラギラと光りだすのが暗闇でもわかった。
 
さっきの悲鳴の理由が、頭の中で勝手な妄想を膨らませていく。
コイツが、悲鳴を、誰かにあげさせたのじゃないかと。
 
互いが互いにそう思っているなんて考えもしない。
 
やらなければやられる。
 
「ッラァ!!」
 
「っ?!」
 
やらなくては。
 
山本の怒号が松川に猛烈なスピードで迫り、松川は足場の悪い中を後ろ飛びに距離を取るために飛び退る。
ビュウと空気を凪ぐ鉄パイプが狭い森の中で近くの木肌に激突する。
 
衝撃で木端が夜に飛び散る。
 
「この・・・!」
 
「なんだコラァ!!」
 
負けられない。
負けたくない。
生き残らなければ。
 
バレーの試合で、何度も使ってきたそんな言葉が頭の中で現実的な生々しさで反響する。
 
何故松川がHB鉛筆を握りしめているのかなんて山本の知った事ではない。
シャープペンシルの普及でほとんど鉛筆なんて使った記憶の無い世代ではなくとも、そんな日用品が松川に支給された武器だなんて想像すらつかない。
 
鉄パイプの乱舞からいつまでも逃げ切れないと考えたのか、松川が乱立する立木を利用するように逃げはじめる。
相変わらず体勢は後ろ走りのまま、視線だけは山本から放さない。
 
まるで野球のフルスイングみたいにただ鉄パイプを振り回すだけの単調な動きに運動神経と動体視力に優れたバレーボール部員は徐々に慣れを覚え、木の後ろに周りさえすれば避けられないものではないと学習する。
 
ガッと鈍い音を立て、鉄パイプがまともに巨木へブチ当たる。
はじけ飛ぶ木端が顔に飛び、思わず山本が怯んだ瞬間を見逃さずに松川が体当たりを決行する。
 
覚悟を決めた、ドッと当たる重い衝撃は山本を拭き飛ばし地面へと押し倒す。
 
声は無かった。
 
互いに、恐怖と興奮と狂気に人間らしい思考が塗りつぶされていた。
 
「ガ・・・ッ!?ぅがあああぁ!!」
 
振り下ろされたHB鉛筆の芯がまともに肩の肉へと突き刺さる。
 
ブツッと鈍い音が皮膚を裂いた。
 
歪むのは山本の表情ばかりではなく、松川のソレも不快と焦燥にぐちゃぐちゃだ。
 
「うわあ!あぁ!!あああ!!」
 
「ガァア!!ぁが・・・!!ぁ゙!!」
 
何度も繰り返し振り下ろされる鉛筆が、両腕を抵抗の形に振り上げた山本の腕をめちゃめちゃに突き、裂いて血を飛ばす。
鉛筆なんてもので人は殺せるのかと問われれば答えは応であり、首や心臓を的確に狙い体重を乗せて突けばそれは充分に可能な事だ。
しかしただ闇雲に振り下ろすだけで叶うものではない。
 
「ぐっ!!」
 
山本の、振り回す鉄パイプが偶然に松川のこめかみを直撃し、ほんの僅か、鉛筆からの刺突に暇が出来、
 
「うがぁ!!」
 
渾身の力で山本がもう一度、松川の側頭部めがけて鉄パイプを振るう。
 
鈍い音と共に鮮血が飛び散る。
 
互いの上下が入れ替わる。
 
そのまま、松川の額目掛けて鉄パイプが振り下ろされれば山本の勝ちは間違いなかっただろう。
 
鈍く重い音は夜の森に1度だけ。
低く響いてそのまま音を止める。
 
2度目の衝撃を与える為に振り上げられた山本の手は、ぶるぶると、宙で止まって震えていた。
 
冷や汗が額から流れ落ち、脇も不快な感覚に濡れている。
全身で呼吸をしながら、見下ろす先には上下が入れ替わった衝撃で鉛筆を手放してしまった松川が頭を庇って震えている。
 
「く、そ、」
 
何をしてるんだ俺は、と。
 
山本が鉄パイプをおろしたのは先ほど全力で殴りつけた柔らかな土の地面の上だった。
 
「・・・は、・・・はぁ、は、」
 
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・、」
 
一体何が起こったのか。
理解出来ない松川と、ただひたすら痛みと衝動に耐える山本の息遣いだけが響き、ザワザワと周りの音が鼓膜に届きはじめる。
松川のこめかみからは血が滴っていた。
 
風の音だけが騒がしく、穴だらけになった両手で一瞬顔を覆った山本の頬や瞼には血の跡が筋となって残った。
 
「・・・俺は、やめるぞ。こんな。お前はどうなんだ。したくないだろうがよ。ちくしょう。こんなの、ちくしょう、」
 
山本の独り言とも取れる言葉に脈絡なんてものは存在せず、こんな事はしたくないのだという意思だけを松川に伝える。
松川にもどうやら内容は届いているらしく、コクコクと数回の頷きが返ってくる。
 
ほんの数分にも満たない攻防。
 
ちくしょうちくしょうと呟く山本の声と息遣いが静かに松川の耳朶を打ち、助かったという安堵が互いに深い深い溜息を吐かせた。
 
「・・・さっきの、」
 
両足の下でポツリとようやくまともな人間らしい言葉を吐いた松川に山本が顔をあげる。
 
「さっきの悲鳴はなんだよ、お前が・・・やったのか?」
 
「いや、俺じゃない。・・・お前じゃないのか?」
 
「そんなわけない、助けなきゃと思って、」
 
「お前も?」
 
とてつもない誤解が一気に氷解していく音を聞いた気がした。
 
つまりは、2人とも悲鳴を聞いて慌てて駆けつけただけだったのだ。
一体自分たちは何をしているのか。
あまりの間抜けぶりに力が抜けた。
 
「その、・・・鉛筆で刺して、悪かった。大丈夫か?」
 
非常に気まずい顔をして松川が今しも垂れ落ちそうになる山本の腕の血へ手を伸ばす。
それをフイッと避けて、虚勢を張るのは男としての意地だ。
 
「こんっくらいなんともねーよ。俺も殴りかかっちまったし・・・、」
 
なんとも。というのは勿論嘘だった。
本当はめちゃくちゃに痛い。
脈拍と共に傷口の全てがズキズキと脈打っているようにさえ感じるが、ソレを今は言う気にならなかった。
だって先に殴りかかったのは自分なのだから。
 
「立てるか?」
 
「お、おう、」
 
差しのべられた血だらけの山本の手を、一瞬ためらってから取り松川がよろよろとふらつく身を起こした。
早く悲鳴の主を探し出して助けて、それから手当もしないと、と2人の意識は同じところへ向かいつつあった。
もし、どちらか片方でももっと凶悪な武器を所持していたのなら、この結末は生まれなかったに違いない。
 
そして爆竹を鳴らすようなその音も森の中に響く事はなかっただろう。
 
パパパパパッ。
連続する発砲音が響き、白煙が夜の闇に白く月明りを受ける。
 
発砲した者は先ほどまで山本と松川、2人がすっかり動かなくなったのを目視で確認し、その場をさっさと離れた。
 
悲鳴を聞きつけてあの2人が駆けつけてきて、殺し合いを開始したのなら他の誰かも先ほどの悲鳴、もしくは発砲音と聞いてここへ駆けつけてきてもおかしくないと考えたためだ。
 
足早にその場を離れる少年は整った顔立ちの中で月明りを受ける眼鏡を指先で正し、もくもくと森を行く。
 
月島の去った後には2人分の肉塊だけが残された。
 
 
 
 ~・~
 
 
 
それぞれが順番に校舎を出る中、ジッと校庭の端の植え込みの中にしゃがみこみ何かを待つ影がひとつ、佇んでいた。
 
ランダムで呼ばれる名の順に従って次から次へと生徒たちが表玄関から排出されていく。
また独り、伊達工業の生徒が走り出てきた。
どこかニワトリのトサカに似た髪型をしている。
一年生だろうか。
見たことの無い顔だった。
 
「・・・・・・。」
 
沈黙を守る影は流石に、ほとんど名も知らない相手に声をかける事は出来ずやり過ごす。
 
悔しい。と思う。
 
校舎から出る順番は、完全に“教師の気まぐれ”で決まるらしい。
学校順でもなければ名前の順でもなく性別も身長も誕生日も関係なく数分ごとにランダムに、呼ばれたら外へ出る仕組みになっている。
 
もっと早くに自分の名が呼ばれていればよかったのにと、先に出て行ってしまったチームメイトたちの事を思って隠れる影は歯噛みした。
特に、先に出てしまった1年生四人が気にかかる。
早めに名を呼ばれ教室を出る瞬間、一瞬だけ振り返った日向の顔はもうこのままみんなに会えないのだろうかと大きな瞳でめいいっぱい訴えていた。
そんなのは嫌だと。
 
あの瞳が頭から離れない。
 
グッと強く自分を保つような顔で、教室を出て行った影山の背中。
何度も何度も振り返り立ち止まり、なにかに追われるように走り去った山口。
青白い顔をして足取りだけは通常通り、沈黙のまま教室を後にした月島。
 
みんな無事だろうか?
 
心配が頬を汗となって伝う。
 
ジッと正面玄関を見つめ続ける。
とにかく、とにかく誰が次に出てくるのかを暗闇の中で見極めなくてはならない。
全員を信頼する事が出来たなら。と、思わないでもないが、現実的にそれはとても難しい事だった。
 
次に出てきたのは確か、影山と同い年らしい青葉城西のラッキョウ君だが、しかし、これにも声をかけるか否か迷っている内つい言葉をかけそびれてしまい、そして数分。
 
「!」
 
巨体に似合わない態度でおどおどと、早速玄関でまろぶ人影に気が付いた。
髭面に長髪、怯えた瞳。
見慣れた背格好は見間違いようが無かった。
 
「旭!!」
 
迷わなかった。その瞬間は。
 
声をかけられた東峰は一瞬、心臓が口から飛び出そうなほど驚いて飛び上がり悲鳴もあげられず急いで己の頭を庇ったが、すぐ、声をかけてきた相手が見知ったチームメイトだと知ると今度は泣きそうな顔になる。
まったく、忙しい表情変化だ。
こんな状況だというのに思わず頬がふんわりと緩んでしまった。
 
「旭、こっち!早く来な、大丈夫だ俺ひとりだから、」
 
暗がりの中、おいでおいでと手招かれるまま慌てて駆けだす東峰がコクコクと何度も頷きながらそれでも疑いなんてものを微塵も抱かず駆け寄って、良かった良かったと今度こそ泣き出す。
泣き出した理由はきっと安心して力が抜けたせいだ。
 
「良かった、良かった・・・、良かったよぅ、」
 
「ああ、良かった会えて。と、旭そこの木の後ろに隠れて。俺と違って図体でっかいんだから、」
 
「う・・・。さ、早速酷いな・・・。でもホント・・・なにしてんの?」
 
「なにって、」
 
いそいそと言われた通り素直に木の陰に隠れる東峰に静かにするよう促しながらニヤリと笑った泣きボクロは、いたずらっ子のように人差指を唇の前に立てて笑った。
 
「仲間を集めるんだ。こんなゲームに俺は乗らない。なにがなんでも生きてみんなでこの島を脱出する、」
 
決意と共に、菅原が強い瞳を光らせた。
 
 
 
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遠くから爆竹のような音を聞いた。
 
ざわめく黒い森の空を見上げて、黒尾は赤い色の手をきつく握りしめる。
赤は弧爪の血の色だ。
 
腕の中で痙攣を繰り返し、裂けた気管から溢れる血で舌を濡らした幼馴染の最期の表情がまばたきのたびに瞼の裏に浮かぶ。
 
今、その腕にAKS-74が月明りを受けて光っていた。
 
 
 
 ~・~
 
 
 
  続
 
 
 
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